ディズニーアニメ映画

ダンボの感想文

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人一倍耳の大きな象として生まれたダンボ。他の動物たちにからかわれてばかりだけど、本当は「耳の大きい」ことはとても大切な個性。その耳を羽ばたかせて、空を飛ぶことが出来る。この映画で一番好きなシーンは、サーカスの場面で、ダンボが勇気をだしてその耳をバタバタとさせて飛ぶシーンです。それは「耳が大きい」ことをコンプレックスに思っていたダンボが、空を舞うことで、見ている人に勇気と感動を与えるからです。人間の勝手な都合で、大好きなおかあさん象と引き離されるダンボですが「おかあさんに会いたい」ためにどんな苦労も乗り越えていきます。その甲斐あって、おかあさん象と再会するシーンは、涙無くては見られないシーンです。努力は実ることを教えてくれる映画です。

 

ダンボは耳が大きく生まれてきてしまい、それをからかわれてしまいます。しかし、そんなダンボに優しく接する母ゾウのジャンボの姿に心打たれました。とはいえ、ダンボを守るためにジャンボは遂に大暴れしてしまい閉じ込められてしまいます。このシーンはジャンボは何も悪い事をしていないのに物事の理不尽さが際立っていました。ジャンボが閉じ込められてからはダンボに辛い出来事ばかりが起こります。ネズミのティモシーに気を遣ってもらうのですが、大きな耳のせいで上手くいきません。なのでダンボに幸せは来るのだろうかと焦りました。最後には、きちんとダンボが報われるハッピーエンドになったので安心しました。特に母ゾウのジャンボの愛情の深さとダンボの健気さが際立っていました。子守唄を歌ってあげるシーンは心が穏やかになります。家族愛をテーマにしている温かい作品でした。

 

ダンボはとにかく泣けたディズニー映画の印象があります。最初は耳が生まれながら大きいと言うことだけで、周りからバカにされるのでしたが、逆にその大きい耳がきっかけとなり周りから認められていくと言う非常に感動的な映画でした。今の現実の世界にも通じる映画でもあると思いました。とにかく、非常に感動的で泣けるシーンがあります。生まれてしばらくしてお母さんから離されて、また更には大きい耳の為に不自由になるのでしたが、一匹のネズミであるティモシーとな出会いで大きく変わりました。本当にそこからはダンボもまた前向きになり変わっていく様が非常に観ていてこちらまで勇気を貰うことが出来ました。また、改めてダンボと言うディズニー映画が好きになることが出来ました。

 

ディズニー映画「ダンボ」の中で特に印象に残っているシーンがいくつかあります。
まずは、とにかくダンボの可愛さです。ダンボは大きな耳を持つ象の赤ちゃんですので、その仕草やあどけなさにキュンキュンしてしまいます。また、お母さん象を思って涙するシーンにはこちらも胸が締め付けられる思いがします。
次に挙げられるのが、ダンボが誤って樽に入ったお酒を飲み、幻覚を見てしまうシーンです。このシーンがとにかく怖くて、トラウマになってしまいます。黒い背景に何匹もの怪しいピンクの像達が現れ、そして消え、更新をしているシーンです。不気味な音楽とも合間って、夢に見そうなきみ悪さを覚えました。
しかし赤ちゃん象が成長していくストーリーに勇気を貰い、昔の映画だからと言って色褪せないおしゃれさを感じる一本です。

 

コウノトリのシーンが信じていれば命を運んできてくれるという気分が明るくなるような歌で心に響きました。キリンにも子供が空からやってきてくれておとぎ話のようでした。子供よりも大人の方が子供を待ち望んでいる人には明るくなれる曲だと思います。実写版とは違ってアニメだと空から運んできてくれて可愛い演出だと思いました。誕生日の歌を歌っていて子供は宝だということをみんなに教えてくれているようでした。仲間が増えると嬉しいです。布から出てきたときはたまらない可愛さでした。母親がダンボを大事にしていた時は自然に良いなと思いました。サーカスを始めるのにはなかなか始まらなかったのですが、自分たちで雨の中を歩いていた時は動物のパワーを感じました。

 

ディズニー作品は基本ハッピーエンドですので安心して見ていられるのですが、この作品だけは途中のジャンボ(ダンボのお母さん)とダンボが本当にかわいそうで、何回見ても泣いてしまいます。ダンボが生まれたての頃は周りの象たちもかわいいと言っていたのに、耳が大きいというまわりとは少し変わったところを見て集団で悪口を言うようになるシーンがあります。この作品が作られたのはかなり前なのですが、現代でもいじめなど同様の状況はよくあることだと感じます。時代は変わっても、人間のそういうところは変わらないんだなと思いました。そんな風にいじめられているダンボの力になってあげるティモシーが私は大好きで、周りに流されず、耳の大きい有名人だってたくさんいるぞというセリフがとても気に入っています。今いじめにあっている子、ひとりぼっちで寂しく感じている人、コンプレックスを抱えている人にぜひ見てほしい作品です。

 

耳が大きいというだけでみんなにからかわれて、それを守ろうとした母親と引き離れてしまうという、とても可哀想な設定ですが、唯一ダンボを元気付けてくれるネズミのティモシーが優しくて大好きです。自分と比べ物にならないほど大きな象たちに、ダンボをいじめたお仕置きで怖がらせるシーンでは、ティモシーのダンボを守ってあげようという母性(父性?)を感じてしまいました。みんなにからかわれてコンプレックスだった大きな耳が、最後のサーカスのシーンでは空を飛ぶために使われて、サーカスは大成功するストーリー展開は、子供にも見せたくなるいいお話でした。コンプレックスに思っていたことも、実はどこかで誰かの役に立つということを教えてくれました。

 

あんなにかわいいダンボなのに嫌われてしまうというのは意味がわからないと最初は思いました。それにあんなにかわいいのに不幸な目に遭うなんてということが多かった気がします。今でも私はこの作品はいい作品なので子供に見せますが、ダンボを見ていると自分の子供のように感じてかわいいなと思います。あんなにかわいいぞうはいないきがします。サーカスに出てもかわいいですが少しかわいそうだなと思うこともありました。動物園に言ったときに像を見ると、ダンボのことを思ってしまうことが多いです。私はキャラクターとしてもダンボが大好きなのでたくさんキーホルダーを持っています。そのくらい好きな作品です。ダンボの目がくりくりしたところがまた愛らしくいいです。

 

耳がとても大きいせいでいじめられ、からかわれてしまうダンボという名前の子象の物語です。
ダンボのお母さんはサーカス列車団で芸を披露する象です。ある時サーカスを見にきた子どもたちが大きな耳のダンボをからかっていることに腹を立て、暴れてテントを壊してしまいます。ダンボのお母さんは足に鎖を繋がれて檻の貨車に閉じ込められ隔離されてしまいました。
小さなダンボは母親に会えなくなってしまい、悲しい毎日を送っていました。そんな時にネズミのティモシーと出会い、母親のいる檻の貨車に連れて行ってもらいます。
お互いの姿は見えませんが、お母さんと鼻をくっつけ合い、お母さんの鼻に包まれて抱っこされ、ブランコのようにユラユラ揺らされてあやされるダンボが可愛くて、悲しくて切なくて泣けるシーンがとても印象に残っています。

 

主人公のダンボをひたすらいじめて逆境に追い込み、それにめげない明るさを演出しつつそこからの這い上がりを描くという、私としてはどこか古臭くも感じないでもない内容です。ダンボをいじめて作品の味を出すというのは現在では問題になりかねない描写であり、私と一緒にこの映画を鑑賞した甥は「こんなの子供に見せていいの?ただのいじめじゃん!」と率直に疑問を投げかけていました。しかし何と言ってもつらかったのがダンボの母親が「凶暴」とされて檻に閉じ込められるシーンです。こうした描写はディズニー映画だからこそ許される描写だといっそ割り切るしかないかもしれませんが、昔はともかく今の世の中では何とも理解し難いような描写です。

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